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徳島地方裁判所 平成3年(行ウ)9号 判決 1994年4月15日

原告

圃山靖助

右訴訟代理人弁護士

井上善雄

小田耕平

山本勝敏

被告(前徳島市長)

三木俊治

同(元市保健衛生部長)

岩見賢一

同(元市保健衛生部副部長)

宮城義弘

同(元市保険年金課長)

郡博

同(元市保健衛生部副部長)

富本三郎

同(元保健衛生部長)

市原一男

同(元保健衛生部副部長)

伊勢文男

右被告ら訴訟代理人弁護士

田中浩三

参加人

徳島市長 小池正勝

右訴訟代理人弁護士

元井信介

朝田啓祐

理由

第一  被告の本案前の主張について

地方自治法二四二条の二に定める住民訴訟は地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであるから、その対象となるのは同法二四二条一項所定の財務会計上の行為又は怠る事実に限られるものと解するのが相当である(最高裁判所平成二年四月一二日判決民集四四巻三号四三一頁)。

これを本件について見るに、原告が本件住民訴訟の対象として主張する事実は広範にわたるが、その中には財政調整交付金の返還に伴う加算金の支払及び徳島市が被告らに対して有するとする損害賠償請求権の不行使の事実があり、これらの行為又は事実は財務会計上の行為又は怠る事実に該当する(損害賠償請求権の不行使につき最高裁判所昭和六二年二月二〇日判決民集四一巻一号一二二頁参照)から、本件住民訴訟が住民訴訟の対象となりえない行為又は事実に関し損害賠償を請求するものとはいえない。

第二  本案について

一  請求原因1及び同2の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3について判断する。

1(一)  調整交付金制度の概要

市町村の国民健康保険事業に対しては、一定の割合で療養給付費負担等の国庫負担が行われているが、これら定率の国庫負担によっては解消できない市町村間の国民健康保険事業の財政力の不均衡を調整するため、国民健康保険法七二条は、国による調整交付金交付の制度を設けている。この調整交付金(以下単に「調整交付金」という。)には、普通調整交付金と特別調整交付金とがあり、そのうち普通調整交付金は、市町村の国民健康保険事業の収入及び支出のそれぞれを一定の方法で算定し収入額が不足する市町村に対して衡平にその不足額を補填することを目途として交付されるものであり、また、特別調整交付金は、画一的な財政力の測定基準によって交付される普通調整交付金の配分によっては対応できない特別の事情がある場合にその事情を考慮するなどして交付されるものである。収納率向上対策交付金は、特別調整交付金のうちの一つで、前年度に普通調整交付金が減額された後、保険料収納率向上対策を実施して収納率が所定の率以上向上しているなどの効果が認められる市町村に対して交付されるものである。

(二)  調整交付金の交付額の算定方法

調整交付金の交付額は、国民健康保険の国庫負担金等の算定に関する政令(昭和三四年政令第四一号)及び国民健康保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令(昭和三八年厚生省令第一〇号)の規定により、普通調整交付金の場合は、調整対象需要額から調整対象収入額を控除した額(以下「調整基準額」という。)に別に定められた交付率を乗じた額とされているが、右調整基準額は、保険料の徴収について努力した市町村とそうでない市町村に対し同水準の交付金を交付することは公平ではないという考えから、災害等の特別の事情のない限り、一般被保険者に係る保険料収納割合に応じ五パーセントから二〇パーセントの割合で減額されることになっており、この場合の収納割合は、当該年度の一月三一日現在における当該年度分の一般被保険者に係る保険料についての調定額のうち当該年度の四月一日から一月三一日までの保険料の納期に納付すべきものとして賦課されている額に対する一月三一日現在において収納された額の割合(以下「当該年度収納割合」という。)又は前年度分の一般被保険者に係る保険料についての調定額(以下「前年度調定額」という。)に対する前年度において収納された額(以下「前年度収納額」という。)の割合(以下「前年度収納割合)という。)のうち、より高い方とされている。

また、収納率向上対策交付金の交付額は、厚生省が省令に基づいて毎年度定める特別調整交付基準により、被保険者に係る前年度分保険料(税)の調定額(以下「前年度被保険者調定額」という。)に対する前年度の収納額(以下「前年度被保険者収納額」という。)の割合(以下「前年度被保険者収納割合」という。)又は当該年度分保険料の調定額のうち一月三一日までに納期が到来しているものの額に対する同日現在の収納額の割合(以下「当該年度被保険者収納割合」という。)が昭和五八年度(昭和六三年度交付申請からは前々年度)に比べ所定の率以上向上していることなどの要件を満たしている市町村に対し、都道府県の推薦に基づき、厚生省で定めるとされている。

2  〔証拠略〕によれば以下の事実が認められる。

(一) 加算金支払に至る経緯

(1) 滞納処分の執行停止に係る保険料分の調定減等

徳島市保険衛生部保険年金課は、昭和五八年に保険料徴収が不可能な世帯に対する処理を検討した結果、保険料滞納者のうち財産のない者、生活困窮者、所在等の不明者等に対しては、地方税法一五条の七に基づき保険料滞納処分の執行停止の措置を採ることとし、以来この方法を採用してきた。そして同課は、昭和六三年度まで本来の保険料調定額から右執行停止に係る保険料を減額したものを調定額として毎月その通知書を収入役に送付し、その累計額を決算における調定額としていた。その結果、徳島市は、昭和六一年度から平成元年度にかけて、滞納保険料のうち滞納処分の執行を停止した昭和六〇年度の二億一五〇六万六九五〇円、昭和六一年度の二億五八〇一万六七一〇円、昭和六二年度の一億九三一八万一一三〇円、昭和六三年度の一億五〇一九万七六三〇円を各年度の本来の保険料調定額から減額した(以下「本件調定減」という。)

また、徳島市は、昭和六一年度においては四九一万九二九〇円、昭和六二年度においては八七八万六六〇〇円、昭和六三年度においては一一八八万三六二〇円の各過誤納保険料を当該年度の保険料収納額に算入していた。

(2) 調定減等に基づく調整交付金の交付

徳島市は、右の調定減及び過誤納保険料の収納額算入により、昭和六一年度は前年度調定額三〇億六六二五万三二七〇円、同収納額二七億九二六九万三〇四〇円、同収納割合九一パーセント、昭和六二年度は同調定額三三億五六五一万四七九〇円、同収納額三〇億〇一二一万五六八〇円、同収納割合八九パーセント、昭和六三年度は同調定額三七億二一二八万〇七一〇円、同収納額三三億七九七七万二六〇〇円、同収納割合九〇パーセント、平成元年度は同調定額四〇億二〇三一万九四三〇円、同収納額三七億〇〇一一万〇二〇〇円、同収納割合九二パーセントであるとして、それぞれに応じた減額率を適用して調整基準額を算定した結果、交付を受けるべき普通調整交付金の額を昭和六一年度は一八億二八一六万六〇〇〇円、昭和六二年度は一七億八二五七万一〇〇〇円、昭和六三年度は一八億七一九八万七〇〇〇円、平成元年度は一九億九九八六万二〇〇〇円と申請して、各同額の調整交付金の交付を受けた。

また、徳島市は、昭和六〇年度から昭和六二年度までの各年度の収納率向上対策交付金の交付申請に当たっても、同様に本件調定減及び過誤納保険料の収納額算入により、昭和六〇年度から昭和六二年度までの各年度の収納率向上対策交付金の交付申請に当たり、昭和六〇年度は被保険者前年度調定額三三億七〇三〇万八四七〇円、同収納額三〇億一六七八万五五五〇円、同収納割合八九・五一〇パーセント、昭和六一年度は同調定額三四億六五〇一万三七六〇円、同収納額三一億八三九〇万〇四九〇円、同収納割合九一・八八七パーセント、昭和六二年度は同調定額三八億五九五三万八七一〇円、同収納額三四億九三二九万八七七〇円、同収納割合九〇・五一〇パーセントであるとし、各年度の昭和五八年度収納割合に対する延び率はいずれも交付基準で定められている延び率を上回り、同交付金の交付要件を満たしているものとして申請し、それに従って、昭和六〇年度は五〇〇万円、昭和六一年度及び六二年度は各八〇〇万円の同交付金の交付を受けた(なお、過誤納保険料の収納額算入がなく、原告が主張する本件調定減のみが行われた場合でも、計算によれば、各交付金の交付額は変わらない。)。

(3) 超過交付分の返還と加算金の支払

徳島市は、平成元年五月二九日から同年六月一日まで会計検査院の検査を受け、同院から前記調定減及び過誤納保険料の収納額算入は不当であり、その結果、普通調整交付金及び収納率向上対策交付金の合計で、昭和六〇年度分については五〇〇万円、昭和六一年度分については九六一〇万三〇〇〇円、昭和六二年度分については、一億〇六三六万九〇〇〇円、昭和六三年度分については九九一六万九〇〇〇円、平成元年度分については一億八九〇二万六〇〇〇円の超過交付となっている旨の指摘を受けた。そして、徳島市は、徳島県知事より平成三年一一月一九日付で、昭和六〇年度分及び昭和六一年度分については超過交付分を差し引いた上改めて調整交付金の交付額の確定が行われた旨、昭和六二年度分ないし平成元年分については交付決定が超過交付分につき取り消された旨の各通知を受けるとともに、国から補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律一八条一項又は二項に基づき右超過交付分の返還を命じられ、交付決定が取り消された昭和六二年度ないし平成元年度の超過交付分につき同法一九条一項に基づいて受領の日から納付の日まで年一〇・九五パーセントの加算金の支払を命じられた。そこで徳島市は、平成三年一月二二日付の支出命令及び同月二三日付の支出調書に基づき、右返還のための支出とともに昭和六二年度分につき三二四八万五〇九二円、昭和六三年度分につき一九三三万七九五四円及び平成元年度分につき一六六一万五三八五円の各加算金の支払のために合計六八四三万八四三一円を支出した。

(二) 監査委員による指摘

徳島市監査委員は、昭和六二年に保険衛生部に対する定期監査を実施し、同年一二月二五日に行われた右定期監査結果に対する講評において、国民健康保険料の滞納処分の執行停止が安易に行われている点とその決裁権限の再検討の必要を指摘するとともに、滞納処分の執行停止と同時に調定減が行われているのは執行停止に対する解釈が不適正であり、担当課内において見解を是正し処理するよう求めた上、同部長に対し同部における措置状況の報告の提出を要求したが、同部長は、昭和六三年一月一二日付で滞納処分の執行停止については実情を把握し適正に処理する旨を報告したにとどまった。その後も、徳島市監査委員は、昭和六三年一〇月に実施した昭和六二年度決算審査において国民健康保険の滞納保険料に関し滞納処分の執行停止と同時に調定減を行っていることについて監査事務局職員を通じ担当課の職員に口頭で改善を検討するよう指導を行ったが、これに対しては、担当部課において特に改善措置は講じられなかった。そこで、徳島市監査委員は、平成元年一〇月実施の昭和六三年度決算審査において再度滞納処分の執行停止と同時に調定減が行われていることの不適正を指摘するとともに、その是正を求める文書を平成元年一〇月一六日付で市長(被告三木俊治)に対し提出した。

3  国民健康保険法七九条の二、地方自治法二三一条の三第三項、同地方税法一五条の七第一項の規定によれば、国民健康保険の滞納保険料については、滞納者において所定の事由が認められるときは滞納処分の執行を停止することができるとされ、さらに同条第五項の規定によれば、当該保険料の納付義務が滞納者の限定承認に係るものであるときその他保険料を徴収することができないことが明らかであるときには当該保険料の納付義務を消滅させることができるとされているから、同項所定の事由に該当する場合には、当該保険料の納付義務を消滅させて保険料の調定額を減ずる調定減の措置を採るのもやむを得ないものである。しかし、前記認定事実によれば、本件調定減は、納付義務を消滅させることのできる場合には該当しないにもかかわらず行われたものと認められるから、右の地方税法一五条の七第五項に違反するとともに、法令に従った調定をすべきことを規定した地方自治法二三一条、同法施行令一五四条一項に違反した違法な行為であり、徳島市は右違法行為により本件加算金相当額の損害を被ったものというべきである。

そして、被告三木俊治は、徳島市の執行機関として、徳島市が行う国民健康保険事業において、保険料の調定、調整交付金の申請等の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し執行すべき地位にあった者であり(地方自治法一三八条の二)、他の被告は、保険衛生部部長、同部副部長若しくは同部保険年金課長の職にある者又はあった者として、現に各任期において保険料の調定、調整交付金の申請等の事務を執行ないしは監督すべき職責を有し又は有した者であるところ、前記のとおり関係法令に違反して本件調定減及びそれに基づく調整交付金の交付申請を行ったものであるから、いずれも過失により徳島市に損害を与えたものといわざるを得ない。

この点に関し、被告らは、国民健康保険料における滞納処分の執行停止と同時に行う調定減は昭和五〇年代からの特に疑問を抱かれずに引き継がれて行われてきた措置であること、昭和六二年度の定期監査において指摘を受けた後も、右措置の変更は前任者の批判につながる上に国民健康保険事業の経営再建に悪影響を与えかねないと考えたため執行停止を安易に行わないようにするにとどまったこと、監査委員から市長に対し提出された昭和六二年度及び六三年度の「徳島市各会計歳入歳出決算審査意見書」には右の調定減に関しては一言も触れられておらず、昭和六三年度における監査事務局職員からの口頭の指摘も当時の保険衛生部長及び同副部長には報告がなかったこと、平成元年度当初の同部は他の懸案の対応に追われていたことなどを主張するが、いずれも被告らの前記注意義務違反による責任を免れしめる事由にはあたらない。

三  請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

四  請求原因5について

以上のとおりであるから、被告らは、徳島市に対し、各任期中の年度における国民健康保険調整交付金の返還に伴う加算金の支払による損害の賠償及び各損害金に対する訴状送達の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金として、被告三木俊治、同岩見賢一、同宮城義弘及び同郡博は、徳島市に対し、昭和六二年度の調整交付金の返還に伴う加算金の支払による損害の賠償として各自金三二四八万五〇九二円及びこれに対する平成三年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払う義務があり、被告三木俊治、同岩見賢一及び同富本三郎は、徳島市に対し、昭和六三年度の調整交付金の一部返還に伴う加算金の支払による損害として各自一九三万七九五四円及びこれに対する、被告三木俊治及び同岩見賢一は平成三年九月一一日から、同富本三郎は同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払う義務があり、被告三木俊治、同市原一男及び同伊勢文男は、徳島市に対し、平成元年度の調整交付金の一部返還に伴う加算金の支払による損害の賠償として各自金一六六一万五三八五円並びにこれに対する、被告三木俊治は平成三年九月一一日から、同市原一男及び同伊勢文男は同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払う義務がある。

そして、徳島市が被告らに対し右の損害の賠償等を求めていないことは当事者間に争いがないのであるから、徳島市長は徳島市が被告らに対する右の損害賠償請求権を有していながらその行使を怠っていることになり、これが財務会計上の怠る事実に該当することは明らかである。

(裁判長裁判官 朴木俊彦 裁判官 近藤壽邦 佐茂剛)

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